早川書房 2月刊 三咲光郎 月と陽炎

月と陽炎 (ハヤカワ・ミステリワールド)

月と陽炎 (ハヤカワ・ミステリワールド)

小説としてあまりに不出来で不誠実─どころではなくてこれってもう小説でないという以前の代物で、お話でも口説きでも物語でも絵巻でもロールプレイングでもなく、まあいわせてもらえば作者個人の妄想の殴り書きだろ、でも妄想から派生させただけといっても、もすこし脈絡や魅せどころとかひとりよがりででも読者サービスなど少しは工夫しろよな。
スプラッターの饗宴」「グロテスクなパイ投げ」が主題のようだが、そのスプラッターでグロテスクなホラーが実を結ばない、意味をなさない。主題もストーリーも作者が放棄しているのならこの作品って、いったい何をねらって書かれたのかが分からない。
カバー裏には「善と悪、二つのはざまで揺さぶられる魂の慟哭」と、帯には「正義という名の崇高と狂気」だと。宣伝屋ってのは性格が悪いな、金のためなら何でもするのか、ふざけんなよどこにもそんなものないぞ、カバー裏の梗概読めばこれ、誰だって花村萬月ワールドかなとなるでしょ。王国記のエピゴーネンだったらこんなに脱力しない。技量の優劣とか「笑う山崎度」の測定とかでもそこそこ楽しめるでしょうに。
酒鬼薔薇事件をテーマに据えるつもりだったのに、中途で手に負えないと放り出したのか。だったらその場で「罪と罰」でもジャン・バルジャンでもパクッて自らの罪を告白し模倣犯を告発する主人公でシャンシャン手打ちにすればまあただの失敗作ですんだのに、手に負えなくなった素材のままでエンタメに仕立て直そうと足掻くからここまで屑な一冊になっちゃったんだろうな。書き下ろしだそうだが早川の人、編集でも校正でも営業でも、いったいだれか最後まで読んだのかな。ひと言諫言する人いなかったのかよ、これじゃ商売人の倫理がないか疑うレベルだ。
もう、疲れた。あまりにこの作品、土台が柔らかすぎて「腐ってやがる、早すぎたんだ」とドロドロの巨神兵みたいなこの小説にいまいましく毒づくしかないのだろう。わたしと同世代のような(昭和34年生まれと記してある)作者にゴールは何にしろ見えているのか、非常に不安だ。もちろん今後、この人の作品を読むことはないだろうから関係ないんだけどさ。