ハヤカワ文庫10年2月刊 伊藤計劃 虐殺器官

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

読みごたえのある長編、説明臭さに難点はあるが、まあ大衆小説ではこれくらいは仕方ないか。海苔=シーウィードという名のステルス機は面白そうです。プラハでの探索シーンもちょっとスリリングで心ひかれもした。
とはいえ、伊藤計劃。処女長編で戦場の空気や臭い、戦闘シーンのアクティブさなど視覚に訴えようとの思いの強さ痛さは分かっても、でももう少しこちらに響かない。頑張って描かれているがそれらの全てに既視感を感ずるわたしはそんなに嫌な読者かな。痛点のない兵士同士が戦う悲惨なシーンを読んでいてもあのへん筒井康隆「トラブル」でお笑いになったそれをびっくりして読ん40年ぼど昔の強烈な読書体験があるせいで「ははあ」でお終いだった。
また、それらの全てが一人称で描かれる必然があったか疑問。物語全体での客観性が保持できておらないようで読者として寄り添って歩めなかった。解説で「敢えて一人称を選んだ」みたいな著者のことばが紹介されていたけれど、やっぱり腑に落ちないな。
この小説、川又千秋「幻詩狩り」の重要なプロットと重なるテーマなのだが、あちらでシュールレアリストが提出された詩の解析に務めていたのに、こちらでは「憎悪を煽る文法」に関し全く触れてないのは、作者がそれを信じていないからなのかな。