集英社文庫08年1月刊 中島たい子 漢方小説

漢方小説 (集英社文庫)

漢方小説 (集英社文庫)

さいわいにもわたしやわたしの家族はまだ救急車に乗せられたという経験をしたことがないので、主人公の救急車体験を語る術はない。

(前略)…あやつり人形のように他力で階段を下りて救急車のストレッチャーまで移動した。救急隊員は私を横にして、黄色の重たい毛布をかけてくれた。それに顔をうずめると、嚴かにも嘔吐の残り香がした。
…(中略)…
切れの良いブレーキがかかるたびに、ストレッチャーは進行方向に引き寄せられて、車が曲がるのを感じながら総合病院までの道を思い描いたけれど、もうどこを走っているのかわからなかった。クッション材で保護されている医療器具や車内の設備などをぼんやり眺めていると、あれっ、と思った。血圧計のピンチを指にはめている自分の手を見た。震えが止まっている。全身、ピクリともせず、呼吸だけが穏やかに波打っている。今までの騒ぎが嘘だったかのように普段の自分がいた。震えが止まってほっとした反面、救急車に乗るほどのことだったのか急に自信がなくなってきた。…(後略)

ま、救急車の乗り方はこの本で教えてもらわなくてもいいが、それ以降にある漢方医へのかかり方関連は、実用小説のように親切です。漢方医学の概念などは読み飛ばしましたけどね。読んでいる間は心地よかったがでもこれ「すばる文学賞」かな純文学かよ。とはいえ「小説すばる新人賞」ではアクションお色気その他エンタテインが物足りないかも知れないし、つまり読みやすさ以外には誉めようがないんだよな。31歳独身女性の寂寥感みたいなものでは、わたしにグッと迫ったり共感したりはできないしな。
放送作家・脚本家とカバー裏の略歴に記してある(中途で脚本家を降ろされるエピソードがある)ので、ドラマの構成や台詞、登場人物の個性などうまいつくりになっている反面、だからどこが純文学なの?といらだちも感じた読書体験でした。