光文社文庫 07年11月刊 中場利一 NOTHING

NOTHING (光文社文庫)

NOTHING (光文社文庫)

短編集。特に感想というほどのものもないけれど、主人公が泥棒という「めじろ」。自己紹介といった筆致で描かれたドロボウ稼業のノウハウは、今後のわたしの人生で役立ちはしない(…ければいい)だろうが、ともかくえらくためになったし何より楽しい。
実学のもろもろやウンチク・時事的な情報などってのは大衆文学の有用性というツールとして大切というより“読むこと”のはかなさをまっすぐ伝えてくれる貴重なものです。だもんだから、わたしって純文学に触手が伸びないのね。純文学って「文学の可能性」っていう上昇志向ベクトルに乗ってる有頂天さ(生真面目さをそういうわけです)が、それが純なほどなれなれしいみたいで鼻についちゃうんだよね。

…ボクの手口は軽トラにハシゴを積んで住宅地を回りピンときた家のチャイムを鳴らす。ダレも出てこなければそのまま作業開始だが、家の人が出て来たら、
「あ、ども!屋根の雨もりや雨ドイの修繕はございませんか」
と頭を下げる。それで本当に修繕を頼まれたならハシゴで屋根に登り、タバコを三本ほど吸って、近所との距離やつき合いをたしかめ、その家の周りを歩いてドアや窓、勝手口のカギの種類を頭にいれ
「けっこう雨ドイにゴミがつまってますね。よければ明日、一気にきれいにしますが」
と言ってやる。
「うーん、明日はアタシ、昼から留守にするのよ。あさっては?ダメ?」
「いいっすよ(ハート)」
もちろん留守中にうかがいますと、心の中で言い、その日は帰ってゆく。…

ま、唐突な出会いや死など気にさわった部分はあるけれど、きちんと文学になっている「めじろ」ですが(なればこそ実学が有用)、他の短編はみな失笑・脱力系って感じかな。「日記」なんて、これ落語に負けてるぞ、それも二つ目とかに。ドラマツルギーとか構成とか話法とかを、もうちょっと考えてほしいんだけどな。

小説に関してはともかく「僕に似た人」。小説の登場人物に驚いても仕方ないけど、こういう暴力人間って、本当に世の中に存在するんだよね。フロイトのいう親殺しを具体化させればこんな類型的な暴君とその末路を描くのがわかりやすいだろう。
でもこれ、現実に今、暴力ってわたしが考える以上に世間では頻発しているみたいで暗いニュースの多さに暗然とするけれど、そんなDVや“危険な隣人”への「対処法・処方箋」みたいな書物、中場センセイみたいな現場をよく知る人に爆笑体験付きでノウハウ本を書いていただくっていう企画は如何か。