角川文庫08年5月刊 井岡瞬 いつか、虹の向こうへ


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ストーリーだけでなく物語として、小説として統合されていないという印象、隙間だらけのジグソーパズルみたいでバカっぽい。バカっぽさの魅力も承知してるが、この作品に関しては“真面目なバカ”で読み進むのが辛かった。こんなのが横溝正史賞かよってブーイングしそうになるが、この前年第24回横溝賞に実はわたしも応募していて予選通過さえしなかった。解説の西上心太は横溝賞の予備選考していてこの作品に出会い「心ときめいた」そうで、つまりまあわたしの応募作品はそんなものだったってことですか。
主人公の転落の原因、すこし荒っぽすぎないか、メインのストーリーとはむかんけいなのだから汚職とか交通事故、不作為程度でよかったのでは。「警官が任務とはまったく無関係で殺人事件」ってこれは凄いことだよ。逮捕・免職・裁判・服役・家庭崩壊だそうだが、作者の想像力を力なく笑うしかない─それだけで小説3本書けちゃうぜ、元警官が服役なんてそれがどれほどの不始末なのかをネグっている。同僚だの上司だのが立身出世や金銭面でどれほど傷ついたかをひとことでも書かないのは作者の不親切、不親切はこの先どんどん続きます。交通整理のガードマンに再就職と簡単に記すが、元犯罪者にそれが一番難しいって分からないのが不思議。他県に行ったならともかく会社は所轄からとことん意地悪されるだろ、面接まで行けぬと元警官が知らないわけない。新聞の拡張員とか水商売とかもっと地に足のついた職場を選ばなくっちゃ、もちろん殺人者を主人公にすることが悪いわけじゃないけれどだったら彼の“激情ぶり”が必要だし。
その他なにしろ、ディティールに問題が多い。唐突でだらしなくエピソードがかぶってくるので咀嚼しかねる。弁護士が昔の恩で手伝ってくれるとか、いくらなんでも殺人者に付き合うかな。
全体に人殺しって意味を作者が甘く考えているようだ。死者への悼み(痛み)が稀薄、そうか“痛み”全般に鈍感だね。ヤクザに殴られ蹴られその他痛めつけられるシーンが多いがその痛みがちっとも伝わらない。そのへん逢坂剛を倣ったのか、痛みへの恐怖を読者に伝えられないのなら、ただの“無駄な記述”でしかない。やくざに関しても同様、ただのステレオタイプで2時間ドラマの脇役程度にしか見えない。
トリックは及第点、バイエルの教則本に関しては納得がいった。でも、犯人や犯行方法など納得はいかない。練れてないなあという思いか。視点が主人公の一人称ってのも失敗だった。主人公の視点で三人称のほうがらくちんだったと思うな。
著者は横溝賞受賞後、長編を一冊上梓しているだけのようです。せっかく文庫化で再デビューなんだから、改稿できなかったかな。処女作がすべてというのも真実だろうが、こんなパソコン時代だもの、決定稿なんて決めずに大胆なパッチワークしてもよかったろうにね。