文藝春秋11月刊 板井希久子 羊くんと踊れば

オール讀物新人賞受賞作家の書き下ろし長編みたいだが、まあ残念な作品。基本作業としてフローチャートというか、もすこし梗概とかで入念さがほしかった。女子高校の独身教師と彼を慕っていた元女子高生のダンサーとの恋愛成就譚と、孤独死した教師の祖父の晩年(というか消えた600万円)の追跡譚とが巣鴨の街で絡み合う…はずなのに物語は絡み合うどころか、のっけから咀嚼不足でこなれが悪い塊のまま周囲にすとんすとんと細かくちぎられまき散らされ、左右をちらちら追いながら読者が「これって俺の頭が悪いのかなあ…」と勘ぐり読み進むしかない。
女性作者だからなのか、女子高生に惚れられた独身若手教師がこんなふうな“暖簾に腕押し”な受動スタンスをクール(情動に溺れぬタイプ)だとか考えちゃってんのかもしれない。女性が時間をかけて草食男子を射止める過程を描くつもりだった」とするとこういう男性主人公一人称ではとてもいらつく。
祖父の戦争体験に関しても、熊谷に住む戦友との対話とかもしかすると「ねじまき鳥クロニクル」になりかけだったなと、読者としては悔しいのに作者にそんな自覚も知識も痛みも全然なくて呆れかえる。祖父の心のうっ屈が、復員してぎりぎりの生活続けて娘が二人生まれて、それらの青春支えるために高度成長やらかして、そのくせ晩年600万円のトカゲを買うとか、なんだか中途の昭和元禄とかバブルとかの60年を作者が勝手に切り落としすぎて、ここにあるのはただの間抜けな風俗譚に堕していてこれでは小説にはなってないだろ。
いまさら遅いが作者が蓮實重彦「小説を遠く離れて」あたりをちらとみていたら、チャート図がもすこしきれいに描けたのでは。“依頼と代行”“同伴者”“宝探し”などいくつもの物語的なパターンを詰め込んでいるくせにそれらが屹立できないことをもっと悔しいと歯ぎしりしてみてほしいものです。
あと高校生ダンスの大会、どんな賞を貰ったか、記してないけど高校生の部活で、創部すぐに全国三位なんてあり得ないし、それほどの実力なら高校のほうがフォローするはずで、まあ都大会入賞くらいが座りがよかったかも。