文藝春秋11年12月刊 伊集院静 星月夜 ミステリなのか不明なままでネタバレしちゃう

星月夜

星月夜

失敗作ですね、社会派推理小説としては。「砂の器」「飢餓海峡」を換骨奪胎するには作者の力量がそうとう足りなかった。長編全体を読み終えても物語のフレームとして必然性が感じられなしメッセージなり訴えるものを発することもしない。よい意味での「ご都合主義」悪い意味での「ご都合主義」を、著者が理解できず人間のつながりやチャートがモザイクとしてしか置かれていない(高専の三人組登場シーン、学芸会かよ)。冒頭に登場する失踪少女を捜索する老人の姿勢や交番でのやりとり、元警官の石丸(うちの父も元警官の石丸だが)の悪徳警官ぶりなど、まあすこし類型的だがそれほどの破綻はないが、残念だがミステリとして両者がかみ合ってない。被害者の孫娘由紀子の親友と犯人との情交など「悪いご都合主義」の典型だし。その他大勢の刑事の名を「××」とする人って、小説書く楽しみを持っているのかね、疑問だ。
えと、犯人が廃品回収業者で財を得たみたいだし、そこで思春期を過ごしたんだからその底辺あたりをもっと現実感持って描写できなかったのかな、孫正義が「おばあちゃんが残飯を集めてブタの餌にしていた」と絶句したみたいな部分…まあべつに感動が不足とはいわぬが昭和30年・40年代の高度成長前後と現在とが対比していない。クライムノベルとしてなら成功する可能性はあったと思うが、だとすると著者の嗜好のせいか、犯人の情念が淡白すぎて面白みに欠ける。失踪少女だけでなく、青髭みたいな性癖をもすこしあからさまにし、それに過去の犯罪歴を絡ませるべき。もちろん海難事故でいやな先輩を見殺しにするシーンはもっと悪辣にね。
まあ、なんにしろこの小説のどこにもミステリも推理もどんでん返しもなく、自堕落でひとりよがりでしかない寂しい“読者サービス”だけが存在する。でもさ、この悪臭放っていた元悪徳刑事石丸は、心臓発作で救急車で運ばれたんだがまだ生きてるんだよな、こいつを主人公に、車いす元悪徳刑事探偵物語を、著者は狙ってみては如何?いねむり先生ならそちらで巧みに敗者復活しちゃうと思うが。