岩波明 狂気という隣人 精神科医の現場報告 07年2月購入

狂気という隣人―精神科医の現場報告 (新潮文庫)

狂気という隣人―精神科医の現場報告 (新潮文庫)

「狂気の偽装」という近著を新潮社から表した著者です。読んでませんが…偽装に関して若干思うことあり。都内赤羽でラーメン店員をしていたころ、職場の前に自販機が置いてあり、その脇に一斗缶の空き缶入れが。まあ、一目でおかしいと分かる若い女性。お客として通っていた時期もあったがエキセントリックな言動やあと気になるのは彼女の視線かな。何かに機嫌を損ね食事の中途で店を飛び出し、数分後から無言電話を十数回かけてきたこともあった。そんな彼女、ある日表の空き缶入れにあった飲み残しのコーラだかをひょいと手にとり、飲んじゃった。あれはすごかったな。というわけで、わたしにゃ「狂気の偽装」はできそうにない。
松本清張の初期短編でも、あったっけか。性的な妄想なんかのせいで監獄で地がでてしまい狂気の偽装は費えたみたいなストーリーだったけど、あまり惹かれはしなかった。
そちらの出来は如何なものか知らないけれど、こちらの内容はあまりセンセーショナルではなかった。まあ、つまり精神医療の最前線─入門編というくらいか。でもいくつも新知識をいただきました。

…前略…(統合失調症心因性ではないとまず述べて)…
臨床的に重要な指摘は、患者の多くにおいて、顕在的な発症に先立つ長い潜在期と前駆期が存在している点です。この疾患の発症期は通常思春期から20代前半にかけてですが、それに先立つ数年前から、ケースによっては児童期魔で遡り、一定の特徴を示すことがあります。その多くは「スキソイド(分裂症的)」な行動様式として出現します。
 …略…
これに加えて、微細な精神症状が散発します。発症前においても、幻聴の類似体験がしばしば出現し、思考は非論理的、接線的となり、オカルト的な物事の解釈を好み(これを魔術的思考と呼ぶ)、周囲に風変わりで奇妙な印象を与えます。
…後略…
   第3章 スキゾフレニック・キラー p.96

まあ、つまりはわたしはいまさら統合失調症=分裂症にはなれないということね。うつ病は環境とかで発症するんだっけか。父は死の1年前にはそうとう呆けていた。まあ、がんの手術後モルヒネ系の鎮痛剤(コンチン・オプソ)を長期間服用していたせいか、寝たきりでずっといたせいか、それともそもそも父には痴呆の遺伝子があったのかまでは不明だ。
主治医だった消化器科のドクターに、安定剤(デパス・グラマリール)を処方してもらっていたわが家だったが、母の考えとして心療内科とか脳神経外科などの受診は控えた。まあ、それもひとつの考えではあるけどね。
というわけで、いくつか新知識などを得たけれど、それとはべつに医者ってのは人外というかそういう気分になるような部分もみられた。
こういうのって読んでいてぞっとします。

…前略…
(爆発性人格障碍者である)長坂君の格闘は、10年あまりに及びました。彼は興奮して荒れ狂い、そのたぴに保護室に入ることを繰り返しました。彼は主治医を恨み、取り押さえる看護士を恨み、また自分を受け入れようとしない家族を恨んだのです。 私が彼の担当医であったとき、家族を説得し退院させたことがありました。病棟の中でひと月あまり彼の感情は安定し、問題を起こすことはなかったからです。おそらく二週間は自宅でもつのではないか、それが私の予想でした。一生懸命自分の感情を爆発させないようにしている彼を見て私も心を動かされたのです。たとえわずかな期間でも家に帰してあげよう、私はそう考えました。
しかし残念ながら、私の見立て違いでした。家に帰るなり彼は興奮しはじめ、母親を怒鳴りつけました。自分を入院させたのは、お前のせいだと母親をなじったのです。それでも長坂君は、母親を責めるのは筋違いだと思ったのかもしれません。彼は自分の気持ちをおちつかせるためか、何回分かのクスリをまとめつ飲みました、真夜中、大量のクスリによる酩酊状態のためあるくこともできなくなり、彼は病院に戻ってきました。退院して半日しか経っていませんでした。
…後略…(この本が書かれた時点では患者はまだ松沢病院にいるようだ)

病的な乱暴者を野に放り出し、たった半日後に戻ってきた患者を眼前で「わたしの見立て違い」という。長坂君が街中で通り魔して何人も殺したとしても「見立て違い」ですますのかと思うと怖いが、でもそのあたり人外というか人にあらずというか、そういう場所でみている人がいるのもいいかな…っていっていいのか。