東京創元社6月刊 アーナルデュル・インドリダソン柳沢由美子=訳 湿地

湿地 (Reykjavik Thriller)

湿地 (Reykjavik Thriller)

クズ本「デアラピス」の前月購入。この月の創元文庫ではネレ・ノイハウスというドイツ人作家の「深い疵」というのと“どっちがいいかな?”で直感で購入したんだが、いまのところ後悔ですかね─この程度の警察小説では世界に討っては出れないでしょ、推理小説ではないのでネタばれ含みますが、えとその、レイプされた女性がその犯行の果てに身ごもったとして、子ども生むかな?というのはニッポン国での考えであって宗教の抵抗とかあるとか(レイプは1964年のことなので、当時の倫理コードを扱わないといけないが)だが、まあ同一人にレイプされた2人の女性がそいつの子どもを産んだというのが、現代ニッポン国民としては“偶然がすぎる”なあ。あとアイスランドの土壌はシベリアみたいな凍土になっているのか、40年前に床に埋めた死体がきっちり残っているというのも不思議だなあ。
主人公の警官エーレンデュルの娘がヤク中で妊娠中、そういう家庭内のドタバタも少し底が浅いように思える、何だか知らぬうちに和解してたぞ。私生活も含めて全体に底の浅い小説と思えました。ヒロルフルという名の警察上司も、ベッグシリーズのスティーグ・マルムほど小物的な魅力がないし。ま、でも全然つまんないというわけでもなかった、40年前に死んだ少女の遺体から脳みそを無断で標本にした人物を示唆する病理学者との会話などいいよね。

…前略…
「ほかにどこにあるんですかね?」
「さっき話した教授に訊くといい。臓器記録の一部は大学に保管されているかもしれない」br「あなたはなぜこのことを最初に話さなかったんですか?脳があるべきところにないことがわかったときに。こんなことは最初からわかってたわけでしょう」
「教授と話してから戻ってくるといい。私はすでに話しすぎている」
「大学に臓器リストがあるんですね?」
「そう聞いている」
病理学者は教授の名前を告げ、もう帰ってくれと言った。
「つまりあなたは“ガラス容器置き場”のことを知っているんですね?」
「ここにある一室が“ガラス容器置き場”と呼ばれている。いまでは閉鎖されているが。ガラス容器に保存されていた臓器がいまどこにあるかは訊かないでくれ。訊かれてもわからないから」
「このことを話すのが不愉快なんですね?」
「頼むからもうやめてくれないか」
「なにを、です?」
「やめろ!」
1行あき…後略…
 湿地 30 p231

主人公エーレンデュルの二人の部下も、たぶんシリーズいろいろ読んでゆけばもっと個性や主張や活躍もするのだろうが、この一冊からではまだ魅力が浮かんではこなかった。また主人公の元上司で助言者である人物も、いまひとつ魅力的に見えない。そういう部分も含めてベッグシリーズやヴァランダーシリーズと比べるとポイントは低い。
娘の死で自らの出自を知った男によるレイピストたる父殺しがメイン、挿話として「父から性的暴力を振るわれ続けた花嫁」の失踪=逃亡の成就、そして主人公エーレンデュルの娘との反発と和解と、父権の失墜を描いているようだがだからといって母権の復権とまでは云い得てはおらず、そこいらも中途半端だなあ。