新潮文庫5月刊 堀江敏幸 未見坂

未見坂 (新潮文庫)

未見坂 (新潮文庫)

小さな短編のひとつひとつに死や失踪、別離といった“家族の崩壊”が丁寧に畳みこまれていて、読み進むうちそれぞれの悲劇の輪郭がおぼろげに見えてくる。その悲劇の度合いや過程や主人公の諦念などに小さく同情したりため息をついたりしているうち、不意に物語は消失する。
だが、次の物語に入りかければ、そうかあの消失は新たな不安や不穏にゆるく寄り添う薄い暗色のベールのように読者に暗合を投げかけ続け、そうして小さな連作集は小さな都市に小さくうごめく多数の家庭悲劇を、ただの日常の風景として平然と安置し、何人かの少年たちの小さな希望を内在させてすとんと幕を閉じる。
巧みな連作術で、小さな都市のどこかとどこかが繋がり連なり、年月の伸縮の気配も含め読者は些細な機微まで読み解こうと息を詰め、そのせいで主人公や何人かの登場人物とも息のテンポがシンクロできる。
町に住む人たちの日常だったり、小さい事件だったりを読者が知るすべが、何というのか大きな職場で違うセクションに勤める人たちのうわさ話や不思議な通達などで、人事や事件など垣間見えるみたいな…ハハ、覗き見みたいな快感があっ
個人的に好きだった短編は最初の「滑走路へ」─事故で重傷を負った父を持つ友人と浮気しているかもしれない母を持つ主人公が、互いの脆弱性を理解しあえているのか不安なラスト。「プリン」─倒れた義母を救急車に乗せ病院へ行くまでに、頭をよぎっては消えるどうでもいい情景だったり思い出だったり癪に障る一言だったりが妙に律儀で具体的。重篤な義母という現実を、おやつに作っていたプリンの香りが穏やかに繕ってくれているようで救われる。
“名作「池沼とその周辺」に連なる短編小説集”とカバー裏に記してある。そっちも読みたいですね。