ハヤカワ・ミステリ1838 デイヴィッド・ベニオフ 田口俊樹=訳 卵をめぐる祖父の戦争

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1838)

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1838)

新装幀について 既報の通り、2010年3月15日、ハヤカワ・ミステリの装画を長年担当されてきた勝呂忠さんがお亡くなりになりました。ポケミスの成功は、勝呂さんの絵なくしては、決して成しえなかったものです。ご冥福をお祈りすると共に、心よりの感謝を申し上げます。
しかし、ポケミスはこれからも続きます。世界最高・最大のミステリシリーズの冠に恥じぬよう、世界の傑作、名作、話題作を毎月ご紹介していきます。装幀は、デザイナーに新進気鋭の水戸部功さんをお迎えし、旧来のフォーマットを生かしつつも、斬新かつ鮮烈なイメージの表紙に生まれ変わりました。絵柄は固定せず、その都度、イラストや写真を使用したり、文字のみのレイアウトにしたりと、毎回変化する予定です。
新しいポケミスにぜひご期待ください。 早川書房編集部

と、帯に宣言が載っていました。今回のカバー画はまあとても美しい12個の玉子が背景色に巧みに乗っかりほっとする出来栄え。とはいえ今後とも内容に則った表紙になるかはみてみないと分からないが。
本書に関してはいくつもの疑問点。そんなもの記さなくてもいいのかもしれぬが、そこがブログの奇妙な部分。
まずはタイトル。「City of Thieves」という原題で“群盗都市”ですか。卵をめぐる…に意訳するんだったら春樹さんに倣って“戦争”を“冒険”にしたほうがってそんなことどうでもいいけど。
次の疑問はこれがポケミス向けの作品かということ。もちろん早川で多くの戦記を読んでいますよ。「パリは燃えているか」とか「女王陛下のユリシーズ」その他いろいろ。ヴォネガットの「屠殺場5号」や「キャッチ22」などまあ「卵をめぐる…」の系列もあります。とはいえポケミス…どうしてもポケットブックスと言ってしまう石丸だが…関連でこの本はないなと、素朴に疑問です。
中身についてはなんだが、これはまあなんというのかコラージュですね。わたしのように「炎 627」を映画館で(それもガラガラの)観たものとしては─あれは怖い怖い映画だったわけだが─あっちのほうがすごかったし身につまされたくらいの感想。捕虜からインテリ選びだして処刑するのは「キリング・フィールド」だしラストのチェスの場面も「ディア・ハンター」のロシアンルーレットみたいだったし副主人公のコーリャが死んじゃうのは「西部戦線異状なし」のカチンスキーみたいな予定調和で、つまりほとんど既知とはいわぬがどこかで見たような雰囲気でしたね─ナチス将校のための慰安所は、まあ知らない情報だったが娼婦だけ住まわすなんてありゃ嘘だろ。鋸引きとか「ナチ女収容所」みたいでびっくりもしたし、レニングラードの人肉ソーセージ夫婦はまあ実話なんだろうが、ちょっとサービスショットみたいでした。
戦後65年で、戦後は遠くなりにけりではあるんだがフィクションとしては垢ぬけてないし青春群像としては古臭いし教訓にもなってなかったし、一気には読めたが読後感はあまりよろしくはない。あと話法というのか老人の回想と70年前の会話とがすごく引っ掛かる。それこそ訳者としての腕の見せ所というか間接話法にするとか老人の「わし」をすべて消すとか会話部と回想部とをうまく遮断するとかできなかったか疑問。
しかしまあナチスもやってくれますなあ。同時代の日本軍がたとえば中国大陸インドシナでここまでとか「炎 627」ほどとかやってくれてないんだろうか。やっているのかなあと、やはりそうとう不安にはなった読後感です。