集英社文庫 08年6月刊 古処誠二 七月七日

七月七日 (集英社文庫)

七月七日 (集英社文庫)

欺瞞ですね。とはいえ、戦後60余年。老人を含め戦争を知らない子どもたちばかりの日本国だし、そのくせ恒例というか毎年8月のこのころになればTV画面ではサイパンでの民間人入水シーンなどが流れ、それが戦争の実相なのだと思うしかない…のであれば、こういうかたちのドラマであってもいいのかな。いや、いけないでしょ、いけないけれどただのセンチメンタル反戦ドラマにされるよりはいい流れか。いや、いや、これだってそうとうの色眼鏡だし、毒は濃い。
これは戦記ではなく、どんな意味でもサイパン戦の記録なぞではなくエピソードのすべてがフィクションみたいで、つまりこれは著者によるある種の思考ゲームみたいに読まざるを得ない。先日読んだ「メフェナボーン…」のほうは、フィクションなしで聞き書きみたいだったしなんとも、彼の目指している地点が分かりかねる、っていうか、80歳過ぎた人にいまさらインタビューしても、戦争の記憶もひどく風化されてるはず。
この作品に出てくるいくにんかの日本人、著者の思いというか、日本人の理想というかかくあるべしというか、期待される軍人像みたいで、戦争を知らないおじさんたちも「こんなことあったのかしら…あったかもね」という気にさせることをねらったのなら…ひどいデマゴギーだ。
小説作法とするのなら、戦後60年余なのだし、潤色あってもいいから、もすこしフィクションをメインにすべきだった。たとえばショーティというあだ名を持った××アメリカ陸軍退役少尉が老境に差し掛かり、自費出版した戦記が興味深かったので翻訳してみて、これはその抜粋であり、当の元少尉による跋文中にも「大いにフィクションが入っている」と照れ交じりに記してあるが…みたいな序文を載せてという体裁で、一歩距離を置いた内省入りの戦記物にしていたらって、そんなこと俺が忖度してどうするの。
冒頭に載せた画像は藤田嗣治の「サイパン島同胞臣節を全うす」です。Art&Bell by Toraというブログから転載させていただきました。藤田の戦争画には賛否両論あるわけですが、賛否どちらにしろ古処誠二の描く日本人像とはそうとう違っている。

http://cardiac.exblog.jp/7927251/

残念なことではあるけれど古処の思いや願いは多分届かないことだろうと、現在の日本人、日本社会などみていて苦笑するわけだ。