戸梶圭太 下流少年サクタロウを購入

下流少年サクタロウ

下流少年サクタロウ

小学生が主人公なので、びっくりはするがドラマとしてはチンピラが堕ちてゆく過程を描いただけの類型的な小説でした。第5話「給食大戦争」で、サクタロウが同級生にバイトの斡旋を始めたあたりから、小説としての求心力はぐんぐん落ちた。千葉ミクとその兄の惨殺画像には興味はあるけど、でもそこから先には黄昏れちゃった物語の残滓しかなかった(誘拐されて、中国人コックから逃げ出すあたりは大変楽しいが、それはそれでもっとすてきな冒険ロマンにこのシーンは使えたんじゃないのか)。
父親を刺して家出し、堕胎医のマネをし(うそ臭い)、警察に捕らえられ、父が自殺し、ホステスと脱獄し、母子家庭を乗っ取り、創木学会員で学校を支配しかけている同級生と論争して負け、少年院に入れられるジェットコースター的急流に展開するストーリーなんだけど、それらのドラマたちが奏でる音色にちっとも読者はときめかないんだなあ。まあ、でもそのうっとおしさを含めたがの外れかけたままの今を眼前にしてさえ何もできずにいる自己の悲しさを知る─唖然とするようなニュースを見ても顔をしかめるしかない自分みたいな─読書体験なのだけれども。
ちょっと困るのが上級生の美少女レイラさんという存在。まあ、わたしみたいな“地に蠢く虫”みたいな小説読みだと、レイラさんを置く場所がなんとも見つからない。─形而下的なご意見ですご免。美少女が下町にいてもいいですしそんな彼女が芸能界にいても美女を武器にこんなふうに高圧的に利用しても一向に構わないのだけれど、それはそれとしてもう少しレーゾンデートルをみせて欲しかったな。
だいたい、私立にいくでしょうが、そんな“金銭的”な子供は。つまりはそんな彼女がどうして墨田区立逆撫小学校にいるのかという説明がほしかった。
共賛党員とか創木学会員とか、親が日教組だの自治労だので立場として公立に入れるしかないとか、あとそうだね、そんな美少女ってことはイラン・パキスタンフィリッピン系の血が混じるとか─そうなれば貧乏という衣を彼女もまとっているということになりそうかな。
ただ、わたしの乏しい経験だと、小学生の頃の美意識なんて未完成なわけで、スーパーアイドルでなくても(カツオ君のガールフレンドの穴沢さんくらいでも)坊ちゃんを支配はできるでしょう。だからもっとふつうの(ぶっ飛んでもいいから)姉貴でもよかったのではないかと思ってはいるのですが。
もちろんあれだ。母が不在の下流家庭に育つサクタロウにとってレイラさんこそ母的なスーパーエゴとしてわがままにこの物語に君臨しているということか。父権の失墜だなんて、まあ、わたしもこの場で読書感想文みたいなもののなかに記したりもしたが、母性の復権っていうのはこりゃまあ混沌なんだなあとあらためて実感しました。
ついでにいうと、本日、福田新総裁が誕生したわけですが、小泉元総理ってのが母権的なリーダーで、安倍は父権の復活を目論み胃腸炎で入院だもんな、サクタロウの現在は顕在化してますし父権的な教育再生ではあまりに障壁が高すぎると思うね。
単眼症の赤ん坊がサクタロウの父や無気力のカウンセラーに啓示を与え(一日で元の木阿弥だったけど)、でもレイラさんや海人、サクタロウたちにはほとんど何の感動も与えることなく(慈悲心や性的満足も)勝手に死んで赤ちゃんポストに捨てられる。近未来(もうひとつの現在)の学童にとっては怪異とか妖気とか、それらの感知能力が格段に劣化してゆく(いる)というクールで弛緩する怪奇譚ではあるんだろうね。
カバー裏の作品紹介に曰く、「小説界のヤンキー先生戸梶圭太がおくる教育再生ビルドゥングスロマン!」だそうです。ヤンキー先生って国会議員なんでしたっけ?