古処誠二 ネタバレ「アンノウン」文春文庫 2006年11月10日 

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昨年11月購入。これと同じトリックや内容で書かれた小説が、例えば三井物産、外務省、警察機構なんかを舞台にしていても、もうひとつもふたつもインパクトがないはずで、もちろんそれは著者も分かっている。殺人のないミステリで、わたしのような鈍な読者でも半分ちょっとで実行犯、教唆犯とが特定できた…って、つまりミステリとして失格なわけです。
─そうともいえないのが「自衛隊」というアンノウンな世界を垣間見せてくれたこの小説の強さではある─とはいえ、小粒であることに変わりないが。

外来宿舎は鉄筋コンクリート製の3階建てであり、確保しているのは2階の201号室だった。演習が控えている。あと半月もすれば他の基地からやってくる隊員で宿舎は満員になるが、現在のところは空いていた。
  3より ─ 文庫35ページ

わが隊の隊員32名の氏名階級の横に、(立ち入り許可証)発行の通し番号が綴られている。ちなみに俺の番号は23番である。これは、そのまま隊における序列だった。一番上はもちろん親分(監視隊長・三佐)、その次に小隊長。以下曹長が2名、一曹が2名、二曹が4名、三曹が最も多くて13名、士長が7名、一士が2名である。最下級の二士は現在いない。
  9より ─ 文庫107ページ

飛び込んだオペレーションルームには勤務班の緊張があり、配置完了の報告が飛び交っていた。
「支援、野上三曹入ります。指示を乞う」
「おお、野上いたか」
奥で立ち上がったシルエットは、上番中の勤務班長である。
「よし、お前は通告準備だ。完了後報告」
「了解」
勢いよく答えたところで、事務所の隊員がどかどかと駆けつけた。
「支援、事務所6名」
   13より ─ 文庫149ページ

第1作を書くのなら、やっぱりきちんと細部を理解している自分のフィールドで勝負しなくちゃ。ディティールの無知で揶揄されるのはたまらないしね。そういう意味では、いくつか新事実を教えてもらったわたしは嬉しい。

http://bluesky.web5.jp/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E5%87%A6%E8%AA%A0%E4%BA%8C

URL上は、古処誠二氏のホームページ。下はウィキペディア

著者の名は何となく知ってはいたが、読むのは初めて。沖縄戦とかフィリピン戦末期など戦記小説書いてますよね。何となくわたしより若い世代が記した戦記小説というジャンルには、飛びつくための“あと一押し”の動機を見つけられない。小説ではないノンフィクションなら読めるのだけれど。。
小説というジャンルでも、ベトナム戦をあつかった鳴海章の大衆小説とかなら拒否感は持っていないということはいいたい。
司馬遼太郎の「坂の上の雲」は、ぎりぎり間に合った「当事者の証言」があるせいでリアリティがあるのか、それとも「関ヶ原」を書ける司馬氏だもの、戦史資料だけで日露戦争全体を俯瞰できる小説を完成できて当然かと、そのへんになるとわかんないけどね。
アンノウン中で、ワトソン役の野上三曹は部隊長からニューギニア関係の戦史を無慈悲に貸し与えられ(それを部下に押し付けるあたりがありそうでいい)るのだが、防衛庁の戦史では、太平洋戦争での大敗はどのように記されているのだろう。惨憺たる負け戦にかんする記述─作戦の齟齬や反省点。苦境に陥った軍が壊滅する過程や生き残りの証言など、戦史中にドラマは膨大に詰め込まれているはずで(当事者の証言はぎりぎり得られずとも)、既刊の戦史とつなぎ合わせれば古処氏の筆力如何ですてきな歴史文学になっているかもしれない。
というわけで、処女作である「アンノウン」を読んだかぎりでは、誠実で生真面目な作家であるということが分かったわけで、それら戦記もの文庫化の際には手にとってもいいだろうか。
この小説では出世争いだけがミステリの種。三尉からの出世を望む教唆犯が交通事故を起こした万年士長を使い盗聴器を作らせ、隊内でいい子になるために部隊長室の電話を盗聴するというのがストーリー、そしてトリックのすべて。
やっぱり、こういう小説には北の共和国とか上海閥を追い落とした眠れる獅子とかKGB出身の大統領とか、そういう悪役もかませたほうが座りはよかったように思う。
1人称主人公たる若き野上三曹のグローイングアップ物語であるだけでは小説としての粘度があまりに不足で、知らぬ間にドラマが終り「主食はどこ?」とうろたえねばならぬ。あと、そうか、女性の出番がないのもよくないかな。公募作品という制約上こういう形で発表するしかなかったのだが、もうひとつ謀略小説としての衣を着せて読みたかった。