中公文庫 2011年11月刊 奥本大三郎 斑猫の宿

斑猫の宿 (中公文庫)

斑猫の宿 (中公文庫)

旅行記的には番外編あつかいみたいな「【第十一章】仏蘭西への旅」での勘違いの顛末が、痛いおかしさというのか、誰にでもある黒歴史ででもきちんと記すことで落とし前つけた著者は偉いかな。昔からの虫仲間とフランスコルシカへの旅をつづっているのだが、コルシカの宿でパンフレットをみているうちに著者は、かつて読んだファーブルのエッセイを思い出す…もちろんファーブルは著者の専門科目です。

パステリカ?パステリカ?」
とつぶやいてはっと気がついた。ファーブルが何かに書いていた所である。その近くにはモンテ・レノーゾという山がある。これこそ弟に宛てた手紙に出てくる高山である。
…(略)…
ここには栗の巨木があるのだった。何でもこの島をアラゴン王家が領有していたとかいう時代のこと、女王ジャンヌが山中で嵐に遭い、その栗の大樹の下で、護衛の騎士共々雨宿りをした、というのである。
文庫261ページ

というわけで、翌日はガイドに栗の大樹に行ってくれ、百頭の馬が雨宿りした大樹を知ってるかと問うが「いや、知らない、地元の連中に訊いてみてくれ」と匙を投げられ、地元のカフェでは爺様たちから樹齢800年の栗の木の場所を聞き出しどんどん山道を歩くと周囲には栗の木ばかりになってくるが…

どの樹もどの樹もすばらしく巨大だが、いつまでたっても「百頭の馬の樹」は姿を現さない。
 文庫272ページ

まあでも巨木の根元でうたた寝したり、蝶を採ったりしてその日の旅程を終えたのだが…。

日本に帰ってファーブルの「植物記」を読み返してみると、その巨大な栗の樹があるのは、何とシチリアのことであった。…略…皆をあれだけ歩かせて、カン違いでしたとは言いにくいけれど、あのピクニックと、荘厳なばかりの大樹の林は、見ることができてよかったと言ってくださると思う。
 【第十一章】ラスト部 文庫274ページ。

ということだが、まあもちろん誰もそのことを責めはせぬだろうが、でもまあ根に持つ人なら一生陰口をたたくぞ、こういう失敗は。首都圏に住んでいる人がわりと多いからと母(80歳代)の小学校時代の同窓会が東京で開かれたことがあるそうで、そのとき皆で行った浅草寺五重塔を「これが幸田露伴の『五重塔』のモデルだ」と何度も紹介する自称物知りを、なんどたしなめても自説を変えなかったと何十年たった今も母はバカにしている(谷中天王寺《感応寺》の五重塔が正解)けど、まあそういう勘違いのなかでも、こちら奥本先生の間違いも相当うれしいものですね。