北森鴻の400字短編推理小説

asahi.comより引用します。

ミステリー作家の北森鴻さん死去2010年1月25日18時50分

北森 鴻さん(きたもり・こう=ミステリー作家、本名新道研治〈しんどう・けんじ〉)が25日、心不全で死去、48歳。葬儀は26日午前11時から山口県宇部市中野開作403のやすらぎ会館で。喪主は父新道利夫さん。

 「狂乱廿四孝」で鮎川哲也賞を受賞し、デビュー。1999年には「花の下にて春死なむ」で日本推理作家協会賞を受賞した。

好きな作家だったのだが、いつも「なんだかいまいち」と感じさすというか、たぶん作者の自信のなさからかな、サービス過剰の情報過多で読ませどころを流してしまっていたようだった。冬狐堂ものが好きかな。推理としては香菜里屋のマスターか。それでもってどちらも「なんだかいまいち」で、代表作を探せないのだ。
とはいえ北森鴻。「狂乱廿四考」上梓から僅かしかたってないまだ新人の頃にちょっとすごい超短編を記しているのだ。
光文社文庫に挟まれていた冊子「文庫のぶんこ」62号(96年5月)で新人北森は400字小説に挑戦している。400字で推理小説という無謀な企画で、それまでまあほとんどの作家が討ち死にというか、推理はおろかミステリにもなっていない中、唯一北森の「重力の密室」だけが美しく屹立している。ビブリオに入っているのかな。いるのならいいけれど(竹本健治は400字小説を短編集に入れてるが)。

重力の密室   北森鴻
そこは脱出不可能な部屋だったはず…。超短編の本格推理!

「窓が限りなく天井に近いところにあることを考えると、殺害現場から出るには、ふたつの入り口のいずれかを通らねばなりません」
 探偵が言った。私は体型のせいか、どっと緊張の汗をかいた。
「一方のドアを出たところには老婆がいました。彼女は犯行の前後、このドアからでたものはないと証言。もう一方の引き戸ですが…」
 彼は奥の引き戸を開けようとした。とたんに立て付けが悪いのか、凄い軋み音がする。
「この引き戸を開けようとすると、百メートル先まで響く音がします。となると、犯人はいかにしてこの部屋を出たのか。よほど身軽で窓によじ登ったのか。いいえ犯人は…」
 探偵が私を見て「引き戸を開けてください」と言った。開けられるはずがなかった。私に限っては、その体重ゆえに引き戸のレールの歪みが矯正されてしまうのだ。
 こうして私、横綱玄海山の完全犯罪は白日のもとに晒されたのである。