静山社文庫創刊第2弾

文庫チラシにIDをこめようという出版社ではなさそうなんだが、2ヶ月目にもどうでもいいチラシだがいちおう入っていたのでこうして紹介。もうじきハリー・ポッターの文庫で“どぜう”をひっかけようっていうんだろうが、まあそれほど売れないでしょう。日本中の図書館でハリー・ポッターを順番待ちなくもう借りられるだろうし、たぶんどんなブックオフにも置かれるだろうし。実はわたしもゲド戦記は図書館で借りました。

静山社文庫09年10月刊 小暮太一 世界一わかりやすいミクロの経済学

世界一わかりやすいミクロの経済学 (静山社文庫)

世界一わかりやすいミクロの経済学 (静山社文庫)

静山社文庫09年11月刊 池田清彦 人はダマシ・ダマサレで生きる

人はダマシ・ダマサレで生きる (静山社文庫)

人はダマシ・ダマサレで生きる (静山社文庫)

経済学入門書はまたしても“よくわかんない”で終了です。ギッフェン財という言葉を知ったくらいか、読後の感想は。ジャスコにも下級財とかギッフェン財とかの見本はありそうなのはわかったが、どうにも欲望の定量化というのか数式化ってのには憤然としてしまうな。こんなのでどうしてノーベル賞がもらえるんだろう。ゴハンを1杯減らしてもおかずが三つ増えれば満足度で無差別とか、そういうのって例になってなさそう。とはいえ経済学部に入学してたならこういうあきれた学問もどきをマジメにこなしていないといけなかったんでしょうけど…なんだかダメだった。
今月刊は書き下ろしの時事辛口批評。“辛口批評”というジャンルが通じなくなっている。前世紀でいうと矢作俊彦が週間ポストに連載していたすてきなそれとかが最後の栄光かな。たぶん今世紀ブログやネットで、時事や時代風俗関連の痛烈な“くさし”が普通に流通していて、ちょっとやそっとの“辛口”では芸として認められなくなったからだろう。逆に大学教授であっても一個人として自らの地位やら尊厳を担保に、社会全体相手に言説のみで闘うというやり方は、これもブログやネットのせいで大変危険な所作となってしまったし…こまったことです。
わたし的には中島義道の「ぼくは偏食人間」読んだとき、もう“辛口批評”ってこれを超えないといかんのだなとゲンナリしたせいでこういう文化財的辛口批評は大目にみることにしてるんです、まあこれも困ったことで騒音とか照明とかに過敏に反応刺激する危険人物が自分を危険と知りつつの言説が流通しちゃうのが現実だものね。極北というのか早く刺されてついでにそれも言語化してほしいという、そこまでスリリングでないと辛口批評にならなかったりするのか。ま、すいませんが池田先生には昆虫採集などそちら方面で活躍していただいたほうがよかったりして。