集英社文庫08年8月刊 池澤夏樹 パレオマニア

パレオマニア 大英博物館からの13の旅 (集英社文庫)

パレオマニア 大英博物館からの13の旅 (集英社文庫)


ま、元手のかかったすてきなエッセイ。単行本を見ていないけれど画像の多い豪華本だったのだろうか。わが家には親父がわたしより若かったころスノビズムか成金根性だかで購入した小学館の百科事典があったのだが、父が死んですぐに古紙回収の日に出しちゃった。別巻に「世界の文化」って巻があってあれがあると文明だの出土品だのがカラーで出ていて読書に欠かせぬいい仕事してくれたかもね。いちいちネットで画像出すのも面倒なので文字ばかりの文庫をそそくさ読みました。
どうでもいいけど、橋本治の「ひらがな日本美術史」は文庫にならないのだろうか。あの大きさだから画像も生きとわかっていても、あれ全巻そろえるってのは愚かだしな。
文明・文化論なども含めてためになる旅行記(か、随筆か)となっていただけに、もすこし図表やカラー口絵もほしかった。

首都テヘランには少々落胆したあまりに実利主義的な、がさつな、粗製濫造の都会。底にイラン・イラク戦争で家を焼かれた人々がどっと流れ込んでスラムを形成した。戦争では500万のイラン人が家を失った。政府は彼らに住居を提供しようとコンクリートに団地をどんどん作った。まったく緑のない、うるおいのない、灰色の死骸が延々と広がる。ここまで色彩のない町を男は見たことがなかった。…後略
 イラン篇 其の1 ホメイニが消し忘れた女より

という感じで、イランの現在(ハタミ当時だけど)のリアルの実勢レートや女性の社会進出の度合いにも触れ、だから「現在」を歩くルポにもなっている楽しい旅行記ではあるのだが、読者としてはある種のいいようのない胡散臭さを感じとるんだよな。
“男は〜”云々という、自分を客観視した物言いが徐々に鼻についてくるというのか。変な悪意でいうのだけれど、“男は〜”という定冠詞に前置詞として“甲虫に似た相貌を持つ”なんてつい、いってしまいそうになる悪い読者がときどき出かける。もうすこし文体なり修辞なりがあってもよかったのでは。
「ひらがな美術史」をさっき挙げたが、イマジネーションの先にあるのは司馬遼太郎の「街道をゆく」っぽかったか。下世話さがほしいのではなく、旅行者のさりげない発見の啓蒙みたいな、ちょっと違いそうだが、もうひとまわり濃い空気を旅に感じたかったというべきか。とまれお金と時間と教養の降りかかったすてきな旅行記であることに変わりはないが。