池上永一 やどかりとペットボトル

やどかりとペットボトル (角川文庫)

やどかりとペットボトル (角川文庫)

楽しいエッセイ集だった。作家の母に対するこだわりはのっけからけっこう辛辣・強烈で、それは危険できな臭いものに感じたが、中途“家族の肖像”“オキナワン・ライフ”以降で沖縄的な家族のあり方や密貿易で大金持ちのお嬢様だった作家の母がでてきたり、不思議なソバ屋の経営方針を理解、大筋で肯定しているらしく、つまりは母権という不条理への屈折としての作家のスタンスだなって。
そういえばエッセイ中で作者の父はあまり活躍してない、犬を連れてきた父を「不器用」とかたりダイアローグなど語らずに終わっていた。「電話には免許がいる」と言い放ち、小学生の息子をハムの講習に放り込む母親なんて、それはほとんどすてきなエピソードじゃないか。
沖縄を語っても、戦争や米軍や占領下などのキーワードがほとんど(ナナサンマル運動や慰霊の日の記述はあるけれど)機能しておらず、それは健全な意味で「ひと山越えた」ようだ的安堵をわたしなど“戦争を知らない子どもたち…ハハハ”世代にくれます─ありがとう。もちろん、石垣島が戦場になったかさえ、わたしは知らないが。
幼少期に垣間見たという海人(うみんちゅ)一家の濃厚な親族構成と家族意識、旧暦での生活など、人類学の類例みたいでなおかつ面白エッセイでした。
池上永一という作家の小説のほうはまだ読んだことはない。書店や図書館で「レキオス」の表紙を見て“…こりゃちょっと買えないかな”と、勝手に想像した。カバー表紙がハップル望遠鏡のワシ星座(間違い。※2に)の写真、あの画像と対等である小説なんてそうあるものじゃないだろうと。…と考えておりましたが、こんな面白エッセイを読み終えたわたしとしては、すこしそのへん考えを変えてみようか。
※─とはいえ「やどかりとペットボトル」単行本は河出、「レキオス」単行本は文春となにやら喧嘩っ早そうな著者かもしれないし、じつはでも、それも魅力だったりして。
※2─へび座の散光星M16(わし星雲)でした。とまれ、肉眼で見れるものではないんでしょう。興味のある方はgoogleでお勉強ねがいます。