角川ソフィア文庫09年12月刊 富田恭彦 科学哲学者柏木達彦のプラトン講義

柏木達彦シリーズ2作目です。わかりやすい哲学入門書が文庫で廉価ででることはとてもいいこと…新書ではけっこう出ているのだから、文庫編集者たちも競い合う気概がほしいですね。
とはいえ哲学というのはまあ役に立たぬものだとどっと実感させてくれたりするあたりが「分かりやすい哲学」の難点でもあり、そのへんけっこう毒薬なのかも知れない。

…前略…
「さて、私のほうで言うべきことはもうすこしなんですけどね。
結局、伝統的指示理論でも、因果論的指示理論でも、咲村さんがもともと望んでいたようなことは、示せそうにありません。つまり、どの言葉が本当に世界そのものと繋がっていて、どの言葉がそうじゃないのかということですけど、それを指示理論でもってはっきりさせるわけにはいかないようですね。」
「はい、残念ですけど、そうみたいです。」
「でもね、それって咲村さん、必ずしも残念なことじゃないかも。」
…中略…
「そして、このように存在するしないにかかわらず、あれこれいろんなものについて語るっていうのが、わたしたちのごく普通の在り方ですよね。」
「はい。」
「で、そのとき、なにについて語っているのかはっきりしないと、どうするでしょう。」
「え、ええ、それは、…相手に聞くんじゃないですか?なんのことを言ってるんですかって。」
「そうですね。それはつまり、固い言い方をすると、相手に同定記述を求めているわけですよね」
「そうですね。」
「で、それで何か不都合なことがあるかな?」
「ええと…、そうですね。特にないかな。」
…後略…
 第1話 紫苑の疑問 16 続・生きるのはいま 

言葉を精密に切り測り正誤をただすという哲学的営為の結語がこれだぜ。つまりはきっと大哲学者の大哲学書を読了・諒解したとしてその結論は、やっぱおんなじくらいへにゃへにゃだったりするんだろうなと思うと、現代哲学というジャンルが学問として本当に成立しているのか疑問である以前に、ソフィストの詭弁の検証にだけ哲学は走っているという風ね。
もちろん、あまたの疑問に向け厳密に精確にレスポンスした後にのみ「…特にないかな」という平凡極まりない言葉を吐くことができるともいえるけどね。
ソフィア文庫には、でもこれからも頑張って永井均とか野矢茂樹竹田青嗣…ほか分かりやすい哲学シリーズ─岩波やちくまにならないようにね─を要望します。