文藝春秋の新刊 2008・5 「新しい靴」 ©大高郁子

ま、ふつうは井上荒野ですかな。とはいえ山野内正慶氏は官能小説家、それも私小説というのかみずからのスキャンダルを小説にするタイプのようです。というと井上光晴ではなさそうだし、でもあちらの方も「全身小説家」でもあるわけなのでモデルじゃないと決めていいのかどうか…。というわけで今月購入したのは桜庭一樹「荒野」でした。井上荒野(あれの)さんとは違い、主人公のお嬢さんは“こうや”と読むそうで、運命の同級生と出会ったとき、電車の中でその少年は「青年は荒野をめざす」を読んでいたりしてご都合主義ってバカっぽくていいものですね。

荒野

荒野

内容はというとただの少女小説でしかなく、それだって少女小説としてすぐれているかというとちょっとね。官能小説家の父のすったもんだのせいで面倒のたえぬ「家」が主人公で中学生荒野はただそこで口をぽかんとしているだけみたい。ま、もちろんそういう波乱の思春期を生きる主人公はしんどいぶん経験値も上昇しドラマとしてもメリハリが出てはいる。ただし、それにしては荒野ののほほんさは情けないよね。官能小説家の娘のくせにエロDVDの合歓シーンで激しく嘔吐するのはご愛嬌としても“環境”を糧にしないその生き方にはいらだつ。
ようやく“おんな”の自覚を充分持った荒野が家出した義母を家へ連れ帰るシーンで終わる第3部は「書きおろしとしるしてあるが、この物語にどういう経過で結論が必要になったのかは読後にもわからない。帯にある「直木賞受賞第一作」って、そう言い切ってもいいんでしょうか。

文藝春秋の新刊」チラシ08年4月は“こちら”にあります