車谷長吉 灘の男

灘の男

灘の男

5月に購入した文藝春秋単行本。「車谷長吉の新境地『聞き書き小説』」と帯に記してあるが、読後感からいうと、これはまあ小説にはなってないね。「赤目四十八瀧…」はスリリングな読書体験だった。のっけから引き込まれ、寄る辺のない重苦しさがヒシと伝わる文章文体、そして惨めなストーリーを齧るように読み進んだ。
そういうわたしなんだが「灘の男」に、文章であるとか小説としてとかなんにしろ魅力をちっとも感じなかった。
濱田長蔵のほうはともかく濱中重太郎は魅力的だねって、当人はもう死んでるんでインタビューできないわけでそうなっちゃったんだろうけど。両者とも実在の人物のようで、会社のホームページがあります。

http://www.hamada-unso.com/
http://www.hamanaka-chain.co.jp/

ありますけれど、いっそフィクションで昭和の市井の無名氏を描き切れれば、それこそ新境地であったのじゃないかな。
インタビューが文学になっている例をもちろん一般日本人は宮本常一で知っており、めざすのなら、第一級の高峰を目指してほしかったな。文学ではないインタビューの傑作が伊丹十三で、塩田地方の呆れかえるような労働者からの聞き書きは「日本世間噺体系」にありましたな…(といいつつ、2階のダンボールをほじくる)…「塩田」と、そのものずばりのタイトルだ。

爺さん 足はもうハダシです。
   ハダシですか?
爺さん ええ。
   熱いでしょうが?
爺さん 熱いんですがな。
   焼けてるんでしょ。下は?
爺さん 焼けとるんですがな。足がアンタ、どない言うてええんか、ヤケドしたら火ぶくれになりましょ?あないになるんですがな。ツチはもうブワーッと焼けとるしねェ。それに水を汲みよって水がどうしても地べたへこぼれるんですがな。それへ日が照りつけて、それこそもうホンマ、煮え湯みたいになりますがな。…

濱田長蔵が牛や馬を使って塩の運送業を行なっていた頃の聞き書きに、餌やら休ませ方などちょっとだけ労働の本質みたいな部分が垣間見れた。それが、最初のほうだったので「そういう物語なんだろうね」と期待して読み進んだんだが、どうもわたしと作者と目の付け所が違っているみたいで、時折かいまみれる「テクノロジー」の部分や「歴史の歯車」的な部分など興味深い昭和の証言を軽く端折ってしまうようでそうとう歯がゆい。
伊丹十三的なアプローチのほうが、わたしにとっては感じ入る部分がおおいにあるということかな。車谷氏の今後がちょっとは気になる。