横山秀夫 「深追い」 新潮文庫 平成19年5月1日発行

クライマーズ・ハイ」は未読です。最近文庫になったのかな。
ヴァランダー・シリーズ「目くらましの道」について記した時、“父権が喪失しつつある現代の父(男親)の悲しみ”みたいに括った。時代の要請というべきか、最近わたしの読むミステリ全般、母権的までいかなくとも女性原理・メソッドが物語全体を包んで(支配はしないのが女性的かな)いる作品ばかり。
この作品集、男性原理・秩序に忠実、実直に語られた小説って時代遅れに見える─「又聞き」はちょっと違うが、主人公は『あの日、海で命を助けてもらった少年ですから』で、警察小説と外れてるかな。
まあ、それはともかく警察という機構は社会構造上男性原理で(たぶん奉行所などの大昔から)運営されてきたわけで、その歴史に敷衍して描かれる警察小説は男性原理に貫かれた筆致・モチーフという枠に縛られるのだね。
とはいえ、この短編集が読みにくいとかつまらないとか、そういうネガティブさを持ったわけじゃない(いいとはいえないけどさ)。でもここにある“古臭さ”を、現在活躍している多くの作家は超えて作品を発表しているのだなあ。
著者が自作の“古臭さ”を理解しているのかそうでないのかは不明。ただしその小説作法はあまり有効な手段とは思えない。森村誠一佐野洋の時代には戻れないことははっきりしているのだから。
「引き継ぎ」、岡っ引き小説としては秀逸。警官父子して同じ下品さを共有し、かつそれを泥棒に哄笑とともに突きつけられるラストはインパクト強かったが、でもそこにいたる捜査のプロセスが陳腐に思えた。そのへんに工夫があると父権を笑う小説になれたのじゃないか。
「人ごと」という小説(リア王だ、それこそ父権ドラマの真髄)、せっかくなのだからパンジーでもうひとつのドラマを見せてほしかった。「東南アジア系の初老の男が交通事故で死んで、ポケットの中にはパンジーの種が─」なんて、ミステリ作家ならだれでも一芸をみせたがりそうなプロットで、でもそれをそのまま放ってしまうあたりの杜撰さって、どう解釈すればいいのか。