県立美術館ホームページの画像で「ジ」が揃いました

入場券とパンフレットにカタカナが入っていて、帰宅してからあれま、ジがないと気付いたけどもう遅いのでホームページから拾ってきました。
昨年6月、東京を皮切りに全国開催していた「ZIPANGU展」が満を持して(?)新潟にやってきました。会場の県立万代島美術館は信濃川河口の港に面したとてもよいロケーションです。川面に沿ったサイクリングロードを走ってわが家から30分弱か、でもこの時期の新潟天気が大層悪いのでなかなか自転車日和に恵まれないよ。
でもって美術展、のっけに置かれた山本竜基「地獄図(山本版)」のどでかい猥雑と混沌と残酷とを目の前ぎっしり鮨詰め状態で、ちょっともう“取り返しのつかない場所に来ちゃったんだな”感に打ちのめされたものですから“こりゃ、カタログ買わなきゃいかんだろ”となったんだけれど、売店ではZIPANGU展とZIPANGU2(ローマ数字)とが売っていて、つまりはまあ昨年の高島屋関連美術展とは内容違ってますってことなのらしい─まあいいけど。
ま、そりゃ両方みたかったがでも充分こちらドサまわり版でも満足しました。山本竜基をはじめに置いた作戦勝ちでしょうかね、平日午後のまったく混んでない万代島美術館だったおかげで、ド肝と魂抜かれたまんまの姿で「地獄図(山本版)」見上げて数分そのまま口あけて斜め上に視線をあげて突っ立ってましたね、不気味で楽しいというのかキッチュなくせに妙に緻密でそのくせ遠近法その他絵画的な約束を無視した労作か。
まあ、のっけで顔面パンチみたいな強烈をいただいたので、それ以降のルートはちょっと気を休めて歩くけど、ときどきブッ飛ばされたり口あんぐりしたりだ、恐るべし現代アート。先日読んだ会田誠「カリコリせんとや生まれけむ」中のエッセイでミズマアート関連の近況などを書いていたっけ。

前略…
山口(晃)くんは最近有名だから知っている人も多いと思うけど、簡単に紹介しちゃえば、伝統的大和絵と現代美術を接合させることに大成功した、超絶テクニシャンです。僕と同じミヅマアートギャラリーに所属していて、言ってみれば同僚みたいなものです。盛者必衰の法則を重々承知しているのでテレずに言いますと、今んところ僕ら「勝ち組」なんですよね。ははは。現代美術界全体の「具象画回帰」と「和風ネタOK」みたいなブームの、たぶん僕らは中心近いところにいるんでしょう。
でもなんか、気持ち悪いっちゃ悪いですよね、そのポジションが。だってほんの十数年前まで現代美術界では、具象と和風は完全NG、そんなことやったら「部外者は出てゆけー!」てゴミみたいに掃き出されていたんですから。その当時の中心地がセゾン美術館や南天子画廊っていう、ミヅマアートギャラリーとは水と油みたいなところで、そこに岡崎(乾二郎)さんはいたわけです。
  幻冬舎文庫「カリコリせんとや生まれけむ」中「ある近作についてのもにゃもにゃしたコメント」より p37-38

山口竜基や天明屋尚、池田学や鴻池朋子など今回のZIPANGU展でもぐっときた作家の多くはミヅマギャラリーが見出したとか所属中とからしく、現代アートの勝ち組たちによる凱旋公演という設定みたいですね。
池田学の細密画「方舟」「興亡史」欲しくなった、しかしまあ頑張る人にはどんな形でもプライス挙げたいですね、その一本一本の線まできちんと手書きしたんだともうぐったりして画像全体を眺めました。
前日のエントリ「虫樹音楽集」中で鴻池朋子「シラー谷の者 野の者」は変身譚物語をかるく具現化していてすげえぞと述べた。最初見たときには蝶に人間の脚、オオカミに人間の脚と、それを目にして悲しいほどの不安に襲われたけれど、じっとそのブースで息を整えたなら「ああ、人間が蝶に、オオカミになってもいいんだな」と奥泉光の小説主人公みたいな雰囲気になれた。いやあそれはすごい筆力でありましたね。
会田誠「群嬢図」は六本木に行かなかったのね、小さなカタログでしか知らなかったので右の少女がタバコ携えているのを発見したとか背景のケロッピが思いのほかよく見えたりと、やっぱ実物見るといろいろ嬉しくなることありますねえ。展示の最後のブースは会田誠ほかの作品があって、そこは“写真撮影可”となっていて、でもそうですねそういうチャンスって今までなかったので緊張しちゃっていい写真撮れませんでした。次回は頑張ろう。