角川ソフィア文庫2月刊 堀川哲 世界を変えた哲学者たち

世界を変えた哲学者たち (角川ソフィア文庫)

世界を変えた哲学者たち (角川ソフィア文庫)

楽しい読書体験でした。現象論や構造主義は紹介せず、また高度情報社会(メディアという権力)やハイテクノロジーへの言及がなかったとか(こちらは21世紀枠に回すべきか)社会学への眼差しはあってもよかったのではとか不備はあってもまあこの薄さ・読みやすさを考慮し20世紀思想全般を網羅しないバッサリ感がよかったか。

略…考えてみよう、私が1900年に生まれたとする。第一次正解大戦がおわったときは一八歳である。二九才のときに世界大恐慌、三十三歳で第二次世界大戦を経験する。
こんな世界ではまともな人生設計など立てようがない。
…略…
ハイデガーの「存在と時間」が背景としていたのはこういう世界なのである。
ただ、こういう目茶苦茶な世界であるが、(あるいはそれゆえにというべきか)科学と哲学の世界は豊作であった。
…略…
 4 ケインズ 資本主義を管理せよ ●俺たちに明日はない より76ページ

「…哲学者たち」というタイトルだけれど、ケインズフロイトも乱入していて哲学一般ではなく20世紀思想家列伝という機能でしょうか。激動の20世紀への落とし前のための入門編としてこの本、すてきに機能していてお値打ちだ。

前略…ワイマール共和国は民主主義の国家であった。民主主義は時間がかかるそれに政党間の妥協と取引でものごとが決まるから、どのように魅力的な政策であっても、交渉の過程で薄められ、ごく凡庸なものとなってしまう。面倒なものごとは先送りされ、責任をとる者はだれもいない。
…略…
民主主義の政治が優柔不断と先送りと取引の政治を意味するとすれば、それにくらべると独裁はときとして純粋なものとみえる。不満をもった人びとは「なにかの希望」のために戦おうとするのであって、民主主義それ自体のために戦うのではない。…(後略)
 2 ハイデガー ナチスに見た夢の幻 ●行動主義 より43ページ

易しい哲学書として重宝している冨田恭彦「柏木達彦シリーズ」では「絶対的特権的な知識などない」ので「絶対的知識以外を規制拘束しようとする伝統的人間観をにローティは警告している」というような感じで民主主義の勝利みたいに言ってはいました。大阪市長の勇ましい文言もまあ気にはなるけど、ナチズム以前にローマの共和制がシーザーによって改変され帝政に移行し、ローマは生き延びた…みたいに塩野七生の本に書いてあったよね。柏木先生に異議というのではなく、共和制と独裁の間のせめぎ合いは続くのかなあと、こちらを読んで感じはしました。柏木先生的にはアウフヘーベンされてのローティの言説だったが、でも本当はこちらのような「いろんな見方がある」というほうがよろしいのではと思った。─もちろん本当の答えなんてないんだよね…というぶっちゃけでは哲学ではないわけだが、でもこちらみたいな列伝ふうの方がマルチアンサーというのか20世紀の混沌をきちんと表わしていて“正しい”記述かと思えました。
これだけのことを記すのに数日かかった。キーを打つ手が本当に止まるんだよね、自分のバックグラウンドが情けないからなんだが、やっぱり辛いなあ。