光文社文庫10月刊 有栖川有栖の鉄道ミステリー旅

有栖川有栖の鉄道ミステリー旅 (光文社文庫)

有栖川有栖の鉄道ミステリー旅 (光文社文庫)

第3章が山渓「ゆったり鉄道の旅」シリーズ巻頭エッセイとして書かれたもの。旅そのものにミステリの要素は全くなく、それがよかったのだろう、“旅の悦び”を文中から充分に感じることができた。
「40分間大阪一周(関西 大阪環状線)」「大阪空中町並み散歩(関西 大阪モノレール)」の2本は、特にわが心中の旅ごころを痛くきつく刺激してくれました。こういうのがわたしの好きな旅に近似している気がし、特に大阪環状線に関してはこの際きっちりけじめをつけたくなるというか、激しく濃いお手合わせを一度望みたくなったというか、まあ「乗りたーい!」と駄々をこねたくなりました。
第1章「ヰタ・テツアリス」も、まあよい。“鉄ちゃん”気質が徐々に醸されてゆく過程が描かれていてうれしい。

…夢のように朧な、鉄道にまつわる記憶が三つある。…(p17)
…だけど、晩生の私はまだ鉄道好きにはならない。…(p27)
…私は、自分に起きた変化をKくんに告げた。彼は喜び、わたしたちは推理小説研究会の中に二人だけで鉄道研究部会を設け、活動を開始する。…(p30)
…「電車に乗っているのが好き」な妻は、電車で眠るのが好きでもある。よく寝る。本当によく寝る。陽だまりの猫みたいに。…

ま、非常に甘くかぐわしい文章が続き、罹患者として同病相哀れんじゃう。でもさ、ちょっと易しすぎて問題意識もぜんぜんないし、まあ紀行文だし読者想定するならこれくらいでもいいのかもしれぬが、宮脇俊三で鉄道ファンになったのならいますこしの批評精神とペシミズムもあってよかったのでは。