文春文庫2月刊 葉室麟 いのちなりけり

いのちなりけり (文春文庫)

いのちなりけり (文春文庫)

これは小説としてダメですね、500枚弱にこれだけ詰めこんではいけません、すごい消化不良での読後感が。まあ、昔からの知恵で月刊連載小説でゆるゆる走らせ牛のよだれのようなディミニュエンドで行くべきだったと思う。鍋島騒動に関してはすこしは知っていますし、野呂邦暢諫早菖蒲日記」にそのへんの機微について200年後の武士がどう考えていたかも記してあった。
解説でオマージュと記されていた「柳生武芸帳」を読んでない(五味康祐をわたしは知らないのだ)わたしなんだよね、それに水戸黄門とかいくつかの講談的基礎知識がないわたしだから楽しめなかったのかと読了後に不安が押し寄せたわけで、でもそう思わせるってのもやっぱり小説の弱点だわ。咲弥という女主人公は分かりやすいんだが、雨宮蔵人というヒーローのほうはもうとらえようがまったくないです。ラブストーリと徳川陰謀物語と二兎追いそこねだね。
とはいえ、昨今の文庫書下ろし時代劇のつまらなさぶりから見れば、本物の鉄刃の匂いが強く立ち、それはとてもうれしい。
かつてデビュー作の「銀漢の賦」をわたしはけっこう推している。

http://d.hatena.ne.jp/kotiqsai/20070716

まあつまり、もっとフィクションを!もっとドラマを!と、ここでわたしは言いたいのだな。少年少女時代の邂逅とその後の父の失脚、それがドラマでしょ、それをメインで陰謀その他を読みやすく換骨奪胎・勧善懲悪で読みやすくしてほしかった。
あと、関ヶ原からまだ100年経っていない時代、領主なんて暴力団の組長みたいなものだと小説中のあちこちで記されている陰惨さはすてきでいいのだが、そうはいってもあまりに“仁義なき世界”になってはいないか。光圀が「わしなら両者とも腹を切らせる」みたいな言い方がいくつかあったし、江戸城内で老中だかが暗殺されその場で暗殺者も殺され(有名な事件なんだろうが講談知らずのわたしなんで…どこのページかももう分からない)みたいだと、一所懸命とか奉公とか主従とか葉隠れとかからは遠すぎないかと、そのへんは虚構ででも、武士の一分をたててほしかったな。どちらにしても失敗作でしかないのだが、いろんな意味で可能性は秘めていると思うし、デビュー作に帰るべきさと率直に思う。