集英社文庫 08年11月 改訂新版 広瀬正 T型フォード殺人事件

読むに堪えないというのではなく、作品のこれが限界なのだしこれで仕方ないやと妙な納得をする。広瀬正の遺作というのか死後に出版された作品で、出版から日をおかず読めば違和感はない─松本清張の復讐譚とか当時いっぱい出ていたし。マイナス・ゼロやエロスなどはでも、もしかしたら今でも新しい読者にうけいれられるかもと考えると、すこしやるせないな。
事件が起きたのが昭和2年で、46年後の昭和48年に解決する。当時20代前半だった若者は60代となり、うーん今の時代の60代は団塊の世代でそこそこ若々しいけど、終戦前後の苦しい時代を生きた主人公たちは、おじいさん顔だったのかを想像できずに謎解き部分まできてから、どういう顔をしたらいいのか分からなくなっちゃいました。
逢坂剛の解決部で、スペイン人と日本人が逆になりすましていたとか、実は自分の息子だったとか、あれと同程度で不快とまではいわないが脱力感につつまれましたか。
石川喬司の解説(河出全集の転載)によれば、広瀬正の死は昭和47年3月9日。当時高校生だったわたしには未知の名のまま死んでいったことになる。
大学生になってから日本人SF作家の多くをようやく知ることになったわたしは区立図書館で単行本か河出の全集を借り「マイナス・ゼロ」「ツィス」「エロス」で巧いなあ、騙されたなあ、戦前をこう語るのか、など幾度も頷きつつ読んだものです。
そのときにまあなんだか読み落としたというのか、これとか「タイムマシンの作り方」とかに進むことなかったので、2年前の復刊フェアで手に入れたわけだな。広瀬正をもういちど読みたい、若い人に伝えたいという読書人たちの良質で透明なパワーがこの文庫全集となっているわけで、そういう雰囲気は悪いものではない─けど、わたしが「マイナス・ゼロ」(だけでなく「夏への扉」だって)をもういちど読みたいと思ってるわけではなく、微妙だ。