文藝春秋8月刊 福澤徹三 Iターン

Iターン

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綿矢りさと交換に購入したのがこちら。福澤徹三の本を読むのは初めて。この小説の舞台、北九州は作者の出身地だそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E5%BE%B9%E4%B8%89

一般市民が暴力団に巻き込まれる小説で思い出すのは大沢在昌の「走らなあかん、夜明けまで」、あちらと比較しても意味はないか、出張と単身赴任はまた全然違うし、あちらは新作お菓子の争奪戦でドタバタが絵になっていたけど、こちらは仕事がらみ会社ぐるみで暴力団フロント企業にされてしまうという起伏の大きなストーリー。でもって「走らなあかん…」くらいの転がし方が読書の快感を得られるか。
暴力団につけこまれるというのは、まあ現代の悪夢中ではそうとう上位ランキングとなるカタストロフで、個人が巻き込まれたら琴光喜のような破滅でしか解決はないと思う。
この本の主人公たる狛江支店長は自分がいじめた仕返しで(印刷屋親父から)ヤクザ組織2軒に付け込まれ琴光喜みたいな境遇に陥ることになるんだが、なんとそれを打破・解決するためにデパートと銀行の担当者をヤクザに売っちゃうんだからどうにも許せないというか、まあそのへんわたしの倫理観に抵触するんだな。「走らなあかん…」では一市民として倫理・矜持は保っていたと思うが。敵対する2つの組織の合間に落ちた主人公とくればハメット「血の収穫」や黒沢「用心棒」になるんだろうかと読み進むと、岩切という粗暴派に主人公は絡め取られ子分達はいい人たちみたいに進み、まあラストまで粗暴派やくざに殴られながら付き合ったりしてそれも変だろ─っていうかそれってものすごくヤバい終わり方でしょ。
準大手の広告代理店にバブル寸前に入社した主人公。ある意味、すこしはヤクザっぽい稼業をこなしてきたはずだから、まあすこしウブすぎる設定みたいでその辺最初からマイナス点だ。一流商社なんかでもけっこう脅しとかあるそうだしね。
あと、主人公狛江の家庭悲劇が中途半端に描かれているのは無駄で無意味だと思う。普通の家族の出来事でもそれは充分屈託の元だし、だから暴力団騒動に火宅を絡めてストーリーを構成するんでないなら家族との対話部分は不要なエピソードだと思う。物語がきれいに回転せず全体として中途半端な小説だった。