中公文庫 10年1月刊 北大路魯山人 春夏秋冬 料理王国

料理王国―春夏秋冬 (中公文庫)

料理王国―春夏秋冬 (中公文庫)

沢庵の話をしてみよう。
今日食べた沢庵は、加賀の山代でできたものである。私の知っている限りでは、山代さんの沢庵が一等よいものだと思う。これは、大根が寒国でできたことが主なる原因だが、山代のは他のコツもあって伊勢のものとも違う。伊勢のも種類があり、いいものだが、山代のには及ばない。伊勢は産業として、大量に生産しているので、山代のようなウブなうまさはない。五十年も前には、山代のようなうまさもあったようだが、しかし伊勢のも糠が多いので、それだけのうまさはあると言えよう。
(略)
東京の沢庵のつけ方は、黄色の色素でカモフラージュされていて、うまくない。これは明らかに糠の少ないせいだと言えよう。
 料理メモ 沢庵 冒頭より。昭和9年1月「星岡」38号初出

糠漬けのたくあん日常であった食卓は、もうほんとうにわたしたちの世代というか若くても現在40代後半の人しか知らないわけだ。売ってはいてもね。
河豚、猪、山椒魚の美食・美味・調理法に関する記述は“たいしたもの”だとおもう。山椒魚は町興しとして地元で頑張って養殖でもして(休耕田で飼えばいいか。あれ、急にチャペックを思い出す。あちらは食用ではなかったが)魯山人直伝と称し名物料理にすべしだな。切り身で売ってれば誰も気にしないだろうし、逆にあの不気味さが受けると思う(…けどなあ)。

二尺ぐらいのものであったろうか、大体がグロテスクな格好をしているし、肌もちょっと見は、いかにも気味の悪いものであるが、俎板の上にのせてみると、それほど気味悪くは感じない。ガマのようにいやな気はしない。
八新(明治座近くの料亭9の主人公の伝で、頭にカンと一撃を食らわすと、簡単にまいった。腹を裂いたとたんに、山椒の匂いがプンとした。腹の内部は、思いがけなくきれいなものであった。肉も非常に美しい。さすが深山の清水の中に育ったものだという気がした。そればかりでなく、腹を裂き肉を切るに従って、芬芬たる山椒の芳香は厨房からまたたくまに家じゅうに広がり、家全体が山椒の芳香につつまれてしまった。
 食通閑話 山椒魚より 昭和10年6月「星岡」57号初出

その巧さに舌鼓をうった魯山人が知己にご馳走するんだが、一日たったほうが柔らかく出汁もうまいのをわかっていても、やっぱり皆は不気味な山椒魚をさばくところを見たがるようで、解剖ショーを楽しんだあとで、まだ柔らかくなりきらぬ肉を供するしかないあたりが、変におかしいが。
また、ヒキガエルを捕まえるテンヤワンヤも楽しそうで、そういう意味で町興しのなにやらヒントがここにもありそう。
海原雄山のモデルだそうで、まあたぶんあんな(マンガでしか知らないが)融通の利かぬ職人上がりの尊大なうるさ型と勝手に思っていたが、まあそういう部分も本書にままあり、そんな場所は読んでて苛立ちを含む楽しさだけど、上司としてオーナーとして使えたくは全くないです。
先ほどネットで陶芸関連の値段を見てきて、箱入りの皿が百万以上のようでいやあ、そういう人ではあるんですね。