集英社文庫10月刊 北方謙三 棒の哀しみ

棒の哀しみ (集英社文庫)

棒の哀しみ (集英社文庫)

“記念碑的な作品”だなんてそういう言葉に騙されて読んでしまったこちらのほうがよほど哀しい。

ベンツの中で、杉本が言った。俺は黙って頷いていた。
「親分さんも、堂々としてくれていて、鼻が高かったですよ。倉内さんとは貫禄ってやつが違いました」
なにか違う、と俺は考えていた。これは俺の生き方じゃない。どこかに、そういう気分がある。棒っきれのように生きてきた。
…中略…
本当は、人を脅したり、ちょっと怪我をさせたりすることのほうが、性に合っているのかもしれない。要するに、チンピラが抜けきらない。

ラストの短篇から抜粋。このあと主人公は彼が苦界に沈めた女の彼氏に腹を刺されても泰然自若だったりでかっこよく小説は終わる。
ま、もちろんこの連作、前半と後半と分けて考えないといけないわけで、かといってどちらがすっごくよかったというほどのものでもないし。この居心地の悪さはなんなのだろう。中堅暴力団員のサクセスというほどでもないけれど立身出世譚を描かれても読者に安心が運ばれないんだ。かといって不安定ならサスペンスっていうわけでもなく、のっけの短篇みたいなのが続いてもこちらはいらつくだけだろうし。
なんというのかもうすこし普通の大衆小説を著者から届けてほしかったというだけのことか。とはいえすでに北方謙三三国志だの水滸伝の彼方に行ってしまったわけだし。大衆小説の矜持が最も大切なんじゃないでしょうかね。