吉村萬壱 独居45

[rakuten:book:13281236:detail]

自傷作家がよき随伴者を得、ついに念願かなってダルマ人間に成り果ててしまうというメインストーリーにのみイメージを拘泥・定着させ物語を紡ぎあげていったほうがよかったのではと首をかしげたままの残念な読後感。作家のアニマというか分身としてのM女独白文体(「女」というタイトルで出版されちゃう)がいい味出して挿入され読者を翻弄させてくれるけれど、他の群像は作家坂下宙ぅ吉の“人間としての異常さ”を垣間見せるための狂言回しにもならぬ中途半端さで、それは紙数が足りなかったのかそれを含めて構成力の弱さなのかはわからないが。
こんな純文学(笑)購入かどうか判断の基準はまあないというしかなく、とはいえ提灯持ちとは分かっていても帯の数行でも“自分に近いか”という水準器として重宝してはいるけれど、この度はこれが大きく外れた。

となりの異界
その男が住みついて以来、
「善良」な隣人たちは
とんでもないことになってしまった。
人の心の奥底に潜む「魔」をゆさぶる、超傑作篇。

くたびれた一戸建て(平屋・貸家)に引っ越してきた男(45歳、作家、独居)。やがて、夜となく昼となく呻き声・悲鳴・絶叫が漏れ、
屋根には血塗れの全裸女(マネキン)と巨大な赤剥けの手(粘土細工)が据えられ、
はては探検を仕掛けた小学生が…。
眠ったような町の住人─自殺しそこなった老人、うつの主婦、
つやつや教信者の理髪店主、鳥インフルエンザにおびえる会社員等々と
独居男がくりひろげる阿鼻叫喚のご近所狂詩曲。

ね、ちょっと違うでしょ。えーと先月新刊の文藝春秋単行本でこの基準で選ぶのだったら奥田英朗の「無理」に軍配いったかもしれない。「邪魔」とか「ララピポ」とか群像劇、奥田英朗うまいものね。とはいえ「独居45」だ、坂下宙ぅ吉というアイディンティティ・人格の造形が不徹底だから近隣の不穏に読者がシンクロできず共感も反感もうまく湧き出ず、まあそれが純文学といわれればそれまでだけど、ステレオタイプな正邪は必要なくとも統一した人格というのかな、文学者として脇田老人や聴衆に挑む坂下と人類の業を背負い自罰・自傷を繰り返す坂下、貧しい食生活や自罰の部屋での絶叫の坂下、巨大オブジェに肉を突っ込む坂下、作者の中ではそれらの人物像が統一されているのかもしれないが、だとするとこのエピローグでは相当弱い。
犬と小学生が出てきて、それなりの活躍をしてもちろんそこは素敵だ。「妖怪退治速報」もっと読みたかったですね。カラスも活躍するけど、あいつらは人格ないものな。
カバーがあまりにチープで閉口。どうせチープなら稲瀬一戸建てに括りつけられた下品なオブジェの前で水播きする裸男にすべきだった。「バースト・ゾーン」の息苦しいが目をそらせられぬ濃厚な物語絵図をもういちど期待したのがいけなかったか。あちこち物語の芽だけを見せられただけみたいでじれったいやらいらだたしいやら、そんな気分だ。
毎日新聞に著者インタビューが載っているがもうひとつ著者の本音が見えないなあ。

http://mainichi.jp/enta/art/news/20091005dde018040020000c.html