文藝春秋08年3月1日刊 万城目学 プリンセス・トヨトミ

プリンセス・トヨトミ

プリンセス・トヨトミ

スペキュレーションドラマとしてはこれ、やっぱり失格じゃないだろうか。大阪府民すべてを巻き込む組織がまったく表に出ないというあたりが納得できず白けてドラマを楽しめない。規模もそうだが今ひとつ絞った組織(商工会議所とか町内会でいいと思う)として大阪国を設定・造形するか、いや反対に誰もが知ってて地図にも載ってて学校でも習う日本のお荷物的位置づけの大阪国でっせみたいなシェチュエイションかどちらかでストーリーを作ったほうが知的マジックとしてポイントを絞りやすく受け入れがよういだったのでは。
検査官の松平が35年前に見た「合図」とこのたびの騒動の合致、松平の父との確執とそのせいで彼が大阪国民になれなかったというオチはそれなりおかしいしいい線いっている。検査官と中学生たちの主役の移動などドラマツルギーは外れてはおらず、だからいっそう“嘘・大ボラ”のマジメさ加減の不足が読者に癪の種になってしまう。
東海道戦争」は筒井康隆初期の傑作だか怪作だか、司馬遼太郎山口瞳の対談「…われら異人種」もスリリングで面白かったし、今月新潮文庫でも「都と京」というエッセイが出ているようで東西の文明批評というか、徳川的官僚制・権威主義と豊臣的な非組織的アキンドイズム(急な造語で座りが悪い)との対比というかそういったお勉強タイムも途中であってもよかった…となるともっと分厚くなる、そりゃいかんな。
作者への注文というか、小説全体に病的な部分が相当足りない。性同一障害という“病気?”の少年真田大輔も主人公の一人だし、彼は数多くの外圧に耐えるわけだが、もちろん病的ではないね。危険な14歳とかそういう壊れ方での性同一障害じゃなくビルディングス的自己確立だもんね。会計検査院の3人も脆い精神の持ち主だったりしてるが全体に健康的過ぎる登場人物では物語は大きくならない、不協和音や地響きが相当不足だ。作者が健康すぎるというのは、それは快作を連発するには大切な要素ではあってもね。古川日出男池上永一みたいな(あまり知らないくせに名前出しちゃった)壮大な大嘘を提出してほしいです。
鴨川ホルモー」という本、けっこう今でも平積みしている書店があって表紙は見てもいままでのところ万城目さんの本を手に取ったことはなかった。今後期待かどうか、もうすこしわからないけど。