新潮文庫22年9月刊 田中慎弥 切れた鎖

切れた鎖 (新潮文庫)

切れた鎖 (新潮文庫)

文庫になってもう1年半前経ったのね。短編3作でわりと簡単に読み終えたのだが、なんだか何か一言でも語る気になれぬまま放っておいた。三島賞受賞作ねえ、どうもこう純文学作家も払底気味なのに、プライスだけはバブル時代に増えちゃったみたいでいろいろ不安がある。もう小説という娯楽ジャンル中の“純文学”っていうブランドはそうとう辛いところにきていそう。
3篇の寓話、みなもうちょっと物語性を前面に出せなかったか。幼なじみの二人がはじめてセックスした日に二人の両親の四人が勤めるスーパーが焼け全員が死んでしまう。まあ、それはそれでいいですよ、火事というと村上春樹ノルウェーの森」で、小林緑の家での昼食(卵焼き機とブラジャーの話とか)後の火事が思い浮かぶか、何というか渡辺くんと小林緑とともにあの昼下がりに読者も火事を体験したせいで、次のストーリーに一緒に進める。「焼尽とその後の再生」みたいないいかたはちょっと恥ずかしいけど、まあでも小説の構造とかだとそうなっちゃう。でもって「不意の償い」だと、両親四人が焼死する火事がでもあっけなさすぎて、夫婦の倦怠にのしかかれもしないな。「切れた鎖」でも強烈な母親や、父を奪った教会とかが寓意にまでこなれず「百年の孤独」には絶対なれないと、その間抜けな想像力を笑ってやるしかない。
あの、もちろん「共喰い」は、進歩しているのかもしれないし、でもだとすると三島賞ってのが先行投資という意味しかないしな。